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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1001号 判決 1980年2月22日

控訴人

(附帯被控訴人)

松浦利重

右訴訟代理人

三橋完太郎

渡部孝雄

被控訴人

(附帯控訴人)

株式会社城木硝子製造所

右代表者

城木成雄

右訴訟代理人

山下潔

外二名

主文

一  被控訴人の当審での主位的請求並びに附帯控訴に基づく第一次予備的請求及び第二次予備的請求中の買戻契約に基づく本件建物の持分二分の一の所有権移転登記手続請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人の附帯控訴に基づき、控訴人は、被控訴人が訴外柳川博勝に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月一日から支払済まで日歩八銭二厘の割合による金員を支払うのと引換えに、被控訴人に対し、別紙物件目録記載の各建物につき真正な登記名義の回復を原因とする持分二分の一の所有権移転登記手続をせよ。

三  原判決主文第一項は被控訴人の当審での訴の交換的変更により失効した。

四  訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

事実《省略》

理由

第一主位的請求の当否

一主位的請求原因事実は当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人の抗弁について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ<る。>

被控訴会社は、城木宏悦(城木秀夫とも称したことがあつた。)こと李基源が中心となり、薬瓶等の製造販売等を目的として昭和二六年一〇月二二日に設立された同人のいわゆる個人会社で、当初は城木硝子株式会社と称していたが、昭和四二年一月その商号を株式会社城木硝子製造所に変更した。

ところで、被控訴会社は、早瀬太郎三郎からその所有地を賃借して同賃借地上に本件建物を所有し、本件建物工場で右事業目的にかかるガラス製品の製造を行なつてきたが、昭和四一年九月ころ資金繰りに困難をきたし、柳川博勝(以下「柳川」という。)に融資の申込をした。柳川は、その当時柳川硝子工業株式会社の常務取締役をしていた者で、それまでにも被控訴会社に対し手形割引等をして資金繰上の便宜を与えていたが、右融資申込を受けて、被控訴会社の帳簿を検討し、大口債権者の一人である有地株式会社の代表取締役有地とも相談の結果、被控訴会社が担保を供すれば有地と二人で四〇〇万円を被控訴会社に融資することとして、その旨被控訴会社代表者に回答し、その際柳川の貸付については同人の実弟である控訴人の名義で実行する旨伝えたところ、同代表者は、これを了解して本件建物を担保に提供し、かつ、代表者個人も連帯保証をすることを承諾し、同月三〇日、同代表者の妹の夫で被控訴会社の専務取締役をしていた野金英雄を使者として、同人に被控訴会社印及び同代表者個人の実印を持参させて、柳川から控訴人名義で二〇〇万円、有地から二〇〇万円、合計四〇〇万円(ただし、柳川は同人振出の額面二〇〇万円の約束手形一通、有地は有地株式会社振出の同じ額面の約束手形一通を各交付。)を返済期日昭和四三年九月三〇日、損害金日歩八銭二厘の約定で借り受け(被控訴会社が柳川から二〇〇万円を借り受けた事実は当事者間に争いがない。)右貸金債権を担保するため本件建物につき代物弁済予約、抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結するとともに、代表者個人としても右消費貸借につき連帯保証をした。そして、同日ととのえられたそれぞれの委任状等に基づいて、同年一〇月七目右消費貸借につき金銭消費貸借契約公正証書(甲第一号証)が作成され、同月一二日本件建物につき控訴人及び有地を権利者とする所有権移転請求権仮登記(本件仮登記はその一部)、抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記が経由された(本件仮登記が経由された事実は当事者間に争いがない。)。

しかし、被控訴会社は、昭和四一年一〇月末ころ手形不渡りを出してしまつたため、債権者委員会の管理の下で、昭和四二年一月には前記のとおり商号を変更したうえ、代表取締役に白山星らを加えて会社再建にあたつたものの、同年三月ころ再び手形不渡りを出して事実上倒産の状態に陥つた。

そこで、被控訴会社代表取締役李基源は、柳川に対し、引き続き被控訴会社の再建に協力してほしい旨懇願し、柳川も、これまでの行き掛り上被控訴会社の営業継続をはかるためさらに援助を続けることとしたが、その際被控訴会社に対する前記貸金債権を確保するため、控訴人の名義で、被控訴会社及び李基源を相手方として、右債権(ただし、有地が貸し付けた二〇〇万円も便宜上柳川が控訴人名義で貸し付けたことにしたため、債権額は四〇〇万円)が存在すること及び右債権を担保するため、本件仮登記等の手続がとられたことを確認する等の内容の即決和解の申立をし、李基源もこれを了解していたので同年七月六日その旨の和解調書(乙第一七号証の一)が作成された。また、李基源、柳川、有地ら関係者の間で再建方法が検討された結果、手形不渡りを出した被控訴会社のままではやはり営業継続は困難であり、新会社を設立したうえ、これに被控訴会社の営業を引き継がせて実質的に被控訴会社の再建をはかることとし、同月一一日有地及び前記野金英雄を代表取締役として株式会社白木硝子製造所(以下「自木硝子」という。)が設立された。そして、白木硝子において本件建物を担保に金融機関から融資を受けることにしたが、その際、担保物件である本件建物の所有名義が被控訴会社のままでは融資が受けにくいので、融資を受ける便宜のために、本件仮登記を利用して本件建物の所有名義を有地及び控訴人の共有名義に移転することを李基源、柳川、有地らが相互に了解し、その結果、同年八月二日本件仮登記に基づいて本件本登記が経由された(本件本登記が経由された事実は当事者間に争いがない。)。こうして白木硝子は、その後近畿相互銀行から五〇〇万円を借り受け、右五〇〇万円の債権を含む同銀行の相互銀行取引契約に基づく債権を担保するため、本件建物につき有地及び控訴人を設定者として根抵当権が設定され、同月一五日受付でその旨の根抵当権設定登記が経由された。

なお、控訴人は、実兄である柳川から求められるままに実印や認印を同人に渡し、同人がこれを使用して控訴人名義で右のとおり諸手続をしてきたものであるが、控訴人は、柳川から求められた名義使用についてはすべてを同人に任せており、その結果については異存がなかつた。

ところが、その後李基源は、柳川らによつて右の趣旨で設立された白木硝子の経営から自分が排除されたものと思い込むようになつたため、柳川に対し本件建物の返還を求めるなどして、昭和四二年一〇月ころから両者間に対立を生じるようになつた。そして、昭和四三年五月に有地が白木硝子の取締役を辞任して柳川が取締役及び代表取締役に就任し、野金英雄も同年七月取締役を退任して、柳川の白木硝子に対する支配が名実ともに明確になる一方、李基源も柳川に対する本件建物の返還要求をますます強めた。そこで柳川は、李基源の右要求を不当として同人をこらしめる目的で、同年一二月有地の名義を使用して、有地と控訴人が被控訴会社に四〇〇万円を共同して貸し付けた内容の記載のある前記公正証書に基づいて本件建物内に存する被控訴会社所有の製瓶機械等の動産を差し押え、同月二六日右動産の競売が実行されて白木硝子(代表取締役柳川)がこれを競落した。このように柳川と李基源との対立が深まつて行く中で、柳川は、昭和四四年二月五日、被控訴会社の後身ともいうべき白木硝子を解散し、同月七日新たに宏和硝子工業株式会社を設立してその代表取締役に就任した。そして、同会社は、本件建物工場を使用して白木硝子の営業を承継するとともに、有地から本件建物所有権の持分二分の一を譲り受けて、同年四月三〇目その旨の持分全部の移転登記を経由した。

2  右認定事実によれば、昭和四一年九月三〇日被控訴人に対し実際に二〇〇万円を貸し付けたのは、控訴人の名義を使用した柳川であつて、被控訴人もこれを了解していたのであり、控訴人は右消費貸借契約において柳川が控訴人の名義を貸主名義として使用することを黙認していたにすぎないから、右消費貸借契約は結局柳川と被控訴人との間において成立したものというべきである。

そうすると、控訴人が右消費貸借契約の当事者(貸主)であることを前提とする控訴人の抗弁1の主張は、すでにこの点において失当として排斥を免れない。

3  ところで、右1の認定事実によれば、被控訴人は、柳川及び有地から右のとおり各二〇〇万円を借り受けた際柳川及び有地の右貸金債権担保のために、本件建物につき代物弁済予約、抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約を締結し、互いに納得のうえで控訴入及び有地名義で本件仮登記等を経由したものであることが明らかである。

4  控訴人は、柳川が、昭和四二年七月ころ被控訴人との間で柳川の右貸金債権の弁済に代えて本件建物所有権の持分二分の一を譲り受ける旨の代物弁済契約を締結して、被控訴人から本件建物所有権の持分二分の一を取得した旨主張する。柳川が被控訴人に対し右のとおり貸金債権を有し、また、本件建物につき同年八月二日被控訴人から控訴人に対し代物弁済予約を原因とする本件仮登記に基づいて本件本登記が経由されていることは前記のとおりであり、<証拠>中には控訴人の右主張にそう部分もあるが、前記1の認定事実によれば、本件本登記は、白木硝子が金融機関から融資を受ける便宜のために経由されたものであることが明らかであつて、本件本登記が経由された事実から直ちに、柳川と被控訴人との間において控訴人主張の代物弁済契約が締結されたものと推認することもできない。

そればかりでなく、前記1の認定事実によれば、控訴人の名義を使用した柳川と被控訴人との間に同年七月六日、右貸金債権の存在等を確認するなどの内容の即決和解が成立しており、しかも右貸金の返済期日が昭和四三年九月三〇日であるのに、右和解の成立と同じころに右の当事者間であえて右貸金債権につき代物弁済契約を締結しなければならない特段の事情は本件全証拠によつても窺えないし、また、柳川は、控訴人主張の代物弁済契約成立時より後の昭和四三年一二月に、右貸金債権の存在を前提として、右貸金債権につき作成された公正証書に基づき、共同債権者である有地の名義で被控訴人所有の有体動産に対し強制執行をしているのであるから、控訴人主張の代物弁済契約の成立は極めて疑わしいものといわざるをえないのであつて、<証拠判断略>。

5  ところで、被控訴人は被控訴人の柳川に対する前記二〇〇万円の借受金債務はすでに弁済によつて消滅している旨主張して(被控訴人の再抗弁1の主張)、本件仮登記も実体関係に符合しなくなつた旨主張する。

柳川が昭和四二年五月四日ころ被控訴人から東大阪信用金庫に対する一〇〇万円の定期預金債権を譲り受けたこと及び同年六月一〇目城木宏悦こと李基源から同人の大阪法務局に対する一五〇万円の供託金取戻請求権を譲り受けたことは当事者間に争いがなく、李基源が被控訴人の柳川に対する右借受金債務につき連帯保証人であつたことは前記1に認定のとおりである。しかしながら、右の各債権譲渡が被控訴人の柳川に対する右借受金債務の弁済としてなされたものであることについては、前掲の<証拠>の各記載内容及び被控訴会社代表者李基源の尋問結果中右債権譲渡が右の趣旨でなされたとする旨の部分は、前掲<証拠>と対比してにわかに採用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>によると、被控訴人は、昭和四二年五月ころ緊急に資金を必要としたが、右定期預金を中途解約することができない事情があつたため、右定期預金債権を柳川に譲渡することで同人から一〇〇万円を借り受けたこと、また李基源経営のキャバレー「フロリダ」の店舗賃貸借をめぐつて同人と賃貸人である田村商事株式会社との間で紛争中であつたところ、李基源は、当該店舗賃借権を保全するために同会社を相手方として不動産仮処分を申請した際、仮処分の保証金を支弁する資力がなかつたため、柳川に依頼してこれを立て替えて供託してもらつたので、右立替金返還債務の支払のために即日右供託金取戻請求権を柳川に譲渡したことをそれぞれ認めることができるから、右各債権譲渡は、被控訴人の柳川に対する前記二〇〇万円の借受金債務の弁済としてなされたものではないといわなければならない。

したがつて、被控訴人の右再抗弁1の主張は採用できない。

6  控訴人は、柳川が、被控訴人の承諾を得て昭和四二年八月二日本件建物につき控訴人の名義で本件本登記を経由し、以後控訴人の名義で本件建物の固定資産税等を納付するなどして、被控訴人に対し本件建物の所有者であることを継続的に表示していたから、柳川の被控訴人に対する前記二〇〇万円の貸金債権の弁済期である昭和四三年九月三〇日ころ被控訴人に対し、黙示的に、前記本件建物代物弁済予約完結の意思表示をした旨主張する。

しかしながら、本件本登記が経由された経緯は前記1に認定のとおり融資を受ける便宜のためであつたのであるから、本件本登記が経由されたまま右債権の弁済期を経過し、その間柳川が控訴人の名義で本件建物の固定資産税等を納付していたとしても、そのことから直ちに柳川が右弁済期経過の時点において被控訴人に対し、黙示的にも本件建物弁済予約完結の意思表示をしたものとは認め難いし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の右主張も採用できない。

7  次に、<証拠>によると、柳川が被控訴人に対し昭和五二年三月三一日到達の内容証明郵便で本件建物代物弁済予約の完結の意思表示をしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

被控訴人は、被控訴人から控訴人に対する本件仮登記及び本件本登記の抹消を求める本件訴訟が提起された後七年もたつてから、柳川が被控訴人に無断でなした本件本登記を事後的に実体関係に符合させる目的で右代物弁済予約完結の意思表示をすることは、信義則に違反し権利の濫用として許されない旨主張する。しかしながら、前記3に説示のとおり、右代物弁済予約は柳川の被控訴人に対する前記二〇〇万円の貸金債権担保のためになされたものであるから、被控訴人が右貸金債権の弁済期を経過してもこれを弁済していない以上、柳川がいわゆる仮登記担保権の実行として右代物弁済予約完結の意思表示をすることは、たとえ当該意思表示が本件訴訟提起後七年もたつてからなされたものであるとしても、なんら信義則に違反するものではなく、権利の濫用にあたるものでもないといわなければならない。

ところで、代物弁済予約等所有権移転予約形式の仮登記担保権を有する債権者が債務者の履行遅滞を理由として予約完結権を行使した場合でも、債権者において清算金を支払う必要があり、債務者においてその支払があるまで目的不動産についての本登記手続を拒みうるときは、目的不動産の所有権は、右予約完結権の行使により直ちに債権者に移転するものではないと解すべきであり(最高裁判所昭和翌〇年七月一七日判決・民集二九巻六号一〇八〇頁参照)、右予約完結権が行使された場合における清算金支払の要召及びこれを必要とする場合の清算金提供の事実については、右予約完結権行使による目的不動産の所有権移転を主張する者においてこれを主張・立証すべきであると解するのが相当である。

しかして、柳川と被控訴人との間の本件建物代物弁済予約が貸金債権担保を目的とする仮登記担保契約であることは前示のとおり明らかであるところ、一方では柳川の前記予約完結権行使前にすでに前記のとおり本件仮登記に基づいて本件本登記が経由されており、この点で、一見柳川の右予約完結権行使により本件建物の所有権は直ちに柳川に移転したものと思われないでもないが、本件本登記は、前示のとおり、金融機関から融資を受ける便宜のために実体上の権利関係に基づかないで経由されたものであつて、右代物弁済予約の完結権行使の結果によるものではないから、すでに本件本登記が経由されているからといつて、その後になされた右代物弁済予約完結権の行使により直ちに柳川に対する本件建物所有権移転の効果が確定的に生じ、被控訴人としては清算金の支払を受けることができるだけで、もはや債務を弁済して本件建物の完全な所有権を回復することができないものとするのは相当でないというべきであり、他に特段の事情の認められない本件では、柳川が予約完結権を行使した時点において清算金を支払う必要があつたとすれば、本来この支払と前記代物弁済予約完結に基づく被控訴人の本登記手続義務とは同時履行の関係にあつたものというべきである。

そこで、柳川の前記予約完結権行使時(昭和五二年三月三一日)における清算金支払の要否についてさらに検討する。

柳川の被控訴人に対する前記貸金二〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月一日から右予約完結権行使時まで(三一〇四日)の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金の合計が七〇九万五〇六〇円であることは計算上明らかであり、<証拠>によると、本件建物は昭和二八年及び昭和三二年ころ建築された建物であることが認められ、また、<証拠>によると、固定資産課税台帳に登録された本件建物の昭和五一年度価格が合計四五一万四〇〇〇円であることが認められる。しかし、控訴人は、当裁判所が右予約完結権行使時における本件建物の価格について釈明したのに対し、右程度の立証をしたにとどまるものであるところ、右のいわゆる固定資産評価額が右当時の本件建物の実質価値そのものをあらわすものでないことはいうまでもないから、本件建物建築後の経過年数を考慮しても、それだけで右予約完結権行使時の本件建物の持分二分の一の所有権価額が右七〇九万五〇六〇円に達していなかつたものとは速断できないし、他に右持分の価額が右金額に達しなかつたものと確認できる証拠はない。のみならず、本件のように借地上の建物につき仮登記保担権が設定され、当該仮登記担保権が実行された場合、特段の事情のない限り、当該借地権は当該建物の従たる権利としてその建物所有権とともに移転するものと解すべきであるから、当該仮登記担保権の実行に際しての清算の要否を判断するにあたつては、右借地権価格をも考慮すべきものと解するのが相当であるところ、前記予約完結権行使時における本件建物敷地の借地権価格をも考慮した本件建物所有権の持分二分の一の価格が右七〇九万五〇六〇円に達していなかつたことについては、本件全証拠によつても確認できない(<証拠>によると、本件建物の共有名義人である控訴人及び宏和硝子工業株式会社は、本件建物敷地の所有者から不法占有を理由に当該敷地の明渡請求訴訟を提起され、第一審では昭和五二年九月一三日に右両者が敷地所有者に対し本件建物を収去して当該敷地を明け渡すべき旨の判決を受け、現在右両名がこれを不服として控訴中であることが認められ、右認定事実によれば、本件では本件建物の借地権価格を考慮すべきでないように思われるが、右第一審判決は確定したわけではないから、これを考慮すべきでないとまでは断定し難いものというべきである。)。

そうすると、柳川が本件代物弁済予約完結権を行使した際清算を要しなかつたものであると確認することはできないことに帰するから、右予約完結権行使により直ちに本件建物所有権の持分二分の一が被控訴人から柳川に移転したものと認めることはできない。

8 以上の認定・判断によれば、少なくとも本件本登誰は実体関係に符合しないものというべきであり、また、控訴人自身としては、本件仮登記担保権によつて担保される債権を有するわけではないから、本件仮登記を自己のために維持すべき法律上の利益はないものといわざるをえないのであるが、被控訴人は、柳川から二〇〇万円を借り受けこれを担保するため本件代物弁済予約を締結する際、柳川が控訴人名義で本件代物弁済予約を締結して本件仮登記を経由するものであることを了解していたし、控訴人も柳川が控訴人の名義を使用することに異存がなかつたのであるから、その後被控訴人において、柳川に対する右債務を弁済しない以上、控訴人が本件仮登記上の単なる名義人にすぎず実体上の権利を有しないことを理由に本件建物所有権に基づいて本件仮登記の抹消を求めることは信義則上許されないものと解するのが相当である。以上の次第で、本件建物所有権に基づいて控訴人に対し真正な登記名義の回復を原因とする本件建物の持分二分の一の所有権移転登記手続を求める本訴主位的請求は、本件仮登記の抹消をも容認する結果をもたらすから結局排斥を免れないものといわなければならない。

第二予備的請求の当否

一被控訴人の予備的請求は、被控訴人が将来借受金債務を弁済したときはこれと引換えに本件建物につき本件仮登記及び本登記の抹消に代わる持分二分の一の所有権移転登記手続(担保目的物の取戻)を求めるものであるから、将来の給付の訴というべきであるが、控訴人が右請求を争つていることは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、あらかじめ右請求をする必要がある場合に該当するものとして許されるものというべきである。

二もつとも、被控訴人の第一次予備的請求は、被控訴人が控訴人から二〇〇万円を借り受けたことを前提として、控訴人に対し右二〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月一日から支払済まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金を支払うのと引換えに本件建物につき真正な登記名義の回復を原因とする持分二分の一の所有権移転登記手続を求めるものであるところ、被控訴人に右二〇〇万円を貸し付けたのは柳川であつて、控訴人でないことは前示のとおりであるから、控訴人から右金員を借り受けたことを前提とする被控訴人の右第一次予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

三そこで、被控訴人の第二次予備的請求について判断する。

まず、被控訴人は、柳川との間で本件建物所有権の持分二分の一につき買戻契約が成立したことを前提として、右第二次予備的請求をするが、被控訴人主張の各買戻契約が成立したことを認めるに足りる証拠はないから、右買戻契約の成立を前提とする被控訴人の右請求は、すでにこの点で排斥を免れない。

ところで、柳川が被控訴人に対し二〇〇万円を返済期昭和四三年九月三〇日、遅延損害金日歩八銭二厘の約定で貸し付けたこと、被控訴人が右貸金債権を担保するため本件建物所有権の持分二分の一につき代物弁済予約を締結して前記事情のもとに本件仮登記を経由したこと、柳川が右代物弁済予約完結権を行使したが、右行使時において清算が不要であつたものとは確認できないから、柳川が本件建物所有権の持分二分の一を確定的に取得したものとはいえないこと、本件建物につき前記のように本件本登記が経由されたが、本件本登記自体は実体関係に符合しないものであつて抹消されるべきものであることについては、いずれも前説示のとおりであるから、被控訴人は、柳川に対し右二〇〇万円及びこれに対する返済期の翌日である昭和四三年一〇月一日から支払済まで約定利率日歩八銭二厘の割合による遅延損害金を支払うのと引換えに、控訴人に対し、すでに控訴人名義の本件本登記が経由されている本件建物につき真正な登記名義の回復を原因として持分二分の一の所有権移転登記手続を求めうるものというべきである。

第三結論

以上の次第で、被控訴人の当審での主位的請求並びに附帯控訴に基づく第一次予備的請求及び第二次予備的請求中の買戻契約に基づく本件建物の持分二分の一の所有権移転登記手続請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、附帯控訴に基づく第二次予備的請求中、債務弁済と引換えに仮登記担保権の消滅による本件建物の持分二分の一の所有権移転登記手続を求める部分は正当としてこれを認容し、なお、原判決主文第一項は、被控訴人の当審での訴の交換的変更により失効したから、その旨明らかにすることとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(唐松寛 藤原弘道 平手勇治)

物件目録<省略>

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